天先そらさき 案内人ブログ

仏像制作を中心に作(創)ること、幸せに生きることを綴ります

自死した魂だって浮かばれる

カテゴリ:魂の表現

身近な人が2人、自死しています。1人はもう20年以上前で、その時はかなりショックでした。もう1人は何年か前。その頃には自分の中で死というものを深く見つめていたので、「ああ、楽になったんだな…」と思いました。彼にとっては生きているこの世界こそが地獄だったであろうから。夢に、亡くなった人が出てくることがあります。時には祖父と父と叔父(父の次弟)が揃って談笑していたりして、夢の中で「あり得ない光景を見てしまっ...

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フィールドは人それぞれ

カテゴリ:魂の表現

天先案内人の活動を誉めていただく機会がありました。お話を伺いながら、私の活動を素晴らしいと感じていただいたのと同じようにその方の仕事も素晴らしい、と思いました。例えば土地の売買でお世話になっている不動産業者さん(フロンティア)。誠実丁寧控えめでその人柄も素晴らしいのですが、仕事内容そのものも素晴らしいと思うのです。私は離れた場所に管理しきれない広さの土地を持っているというだけで、パニック気味でした...

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子供は周りをよく見て分析している

カテゴリ:仏像彫刻周辺の話

富士教室の作品展の一角に展示された小学生の絵画。こんな仏さまがいてくれたらいいな、と創造したもので、名前も子供たちがそれぞれ付けたのだそうです。この一角が輝いていましたね。色使いももちろんですが、絵が醸し出す雰囲気・包み込むような慈悲などを感じたし、子供たちの視線の鋭さにも脱帽です。子供って、本当によく周りを見ていますよ。彼らが創った仏さまは彼ら自身や大切な家族を救ってくれる力を持った存在なのです...

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わずか数%を見てすべてを否定するのか

カテゴリ:魂の表現

もっと散歩を楽しめばよかったな、と過去を後悔する気持ちで思い出していたら、楽しそうに笑うゆずの顔が浮かびました。そして「なぜ、わずか数%しかないネガティブ事項へ意識を向けるの」と言われた気がしました。「こんなに楽しかったのに。なんで?(笑顔)」。ゆずと暮らした11年には楽しいことも良かったと思えることもいっぱいありました。散歩の件にしても、命の危機に瀕した8歳以降は散歩時のトレーニングもやめて(ゴハ...

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無価値観を見つめる

カテゴリ:魂の表現

人の役に立ちたいという思いの底に、社会貢献と思える行動をしていない自分には価値が無い(だから役に立ちたい)という無価値観が潜んでいることには、しばらく前から気付いていました。ただ、それをどうすることもできないので、静かに観察してきました。どんな時に何をどう感じるのか。発動するパターンは何か。なぜにこんなに根深いのか。そろそろ、その思考も手放す時期が来たように思います。といっても何か特別な行動を起こ...

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真の強さとは

カテゴリ:魂の表現

私が思う「強さ」について。強さって、怖がらないことではないと思うのです。むしろその逆。怖さがあって、自分はそれを怖いと感じていることを認めること。怖いものがない…本当にないならそれは強いんでしょう。けど人間ですからひとつやふたつは神経に触れるものがあると思います。その、怖がっている自分が存在することを認めて、自分を怖がらせないという自分への優しさをもって行動することが強さへの最初のステップ。怖さに...

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ひと時の安心のその先へ

カテゴリ:魂の表現

私の創る小仏さまは、持つ人に安心感を持ってもらえて心の余白を作るのだなと気付きました。大切な存在を失う恐怖を抱えながら看取りに向き合う方々。亡き誰かを思い心の奥に哀しみを抱える方々。大切な誰かの安息を祈りながら暮らす方々。皆さん、何かしらの苦しい感情と向き合いながら、小仏さまを迎えてくださいます。そして小仏さまを見て、ほっとされます。そのほっとした感覚が心の余白です。その余白が冷静さを呼び、事態を...

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幸せを感じるとき

カテゴリ:魂の表現

天先案内人の活動を通じて、小仏さまを迎えてくださった方々がその人の「幸せ」を生きている姿を目にした時、しみじみと幸せを感じます。※何が「幸せ」かは本人が決めることですユーザーさんのその後を追跡しているわけではありませんし、良い悪いの意識をそこに向けているわけでもありませんよ。ただ、インスタなどでコメントくださったときに誰か分かる場合は、拝見します。それでユーザーさんが幸せを生きているのを見ると、心...

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やってみる、トライしてみる

カテゴリ:雑記

今回、本格的な仏像を制作して販売するという、アマチュアとしてはかなり思い切ったことをしました。アマチュアというのは伝統的な仏像彫刻の制作に関して、という意味です。オリジナルの小仏さま制作とは全く違うものですから。それで、やってみてこう思ったことは前に書きました。やっぱりね、プレッシャーなんです。(中略)「もうやるまい」とは思わないけど「さあこれからどんどんやってくぞ」とも思わない、というのが正直な...

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日常からの解脱

カテゴリ:仏像彫刻周辺の話

先の台風で静岡市はあちこちひどい状況になりまして。仏像彫刻仲間が住んでいるのはほとんどが静岡市なので、皆さん停電だの断水だの、ひどい所では山崩れやら何やら起きている中を24日、仏像彫刻の教室開講となりました。教室も静岡市です。ただ、教室のある地域は停電も断水もなし。でもね、市内各所で冠水や停電などが起きていて信号が止まっている交差点もある中ですよ。よく開講の決断をしたものだと思います。そして先生は東...

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