仏像制作を中心に作(創)ること、幸せに生きることを綴ります

仏は民衆の心によって成立している

2021/06/21
仏像彫刻周辺の話

ベテラン先輩に借りた本を読んでおります。「木のこころ 仏のこころ」クリックするとAmazon該当ページに飛びます。

内容は宗雲先生の師匠の師匠、大(おお)先生と宗雲先生が呼ぶ松久朋琳さんと宮大工棟梁・西岡常一さんの対談を、奈良の文化歴史に詳しい青山茂さんが進行しているもの。木を扱う名人同士ってとこでしょうか。こころというものについて熱く語っています。

その中に「あっ」と思った記述が。

私は以前、文化財として保管され人目にさらされなくなった仏さんはつまんないだろうなぁというような事を書いたのだけど、同じことが書かれていました。

仏さんというのは拝むもんで、見るもんと違う。-西岡常一

拝まれない仏さんは単なる物品になってしまう。-松久朋琳

お寺から博物館へ貸し出されて長いこと拝まれずに展示されていると仏さまの「気配」が抜けてくるんだそうで。そうなったら一度お寺へ連れ帰り仏としての日常を送ってもらわないと(拝まれたり線香あげられたり)元に戻らないんだって。

仏が仏で在り得るのは人々が祈ることによる。だとすれば祈りの力ってすごいですよね。仏の力を創り上げることができるのだから。そしたら私の作る小地蔵さん・こまりちゃんも使ってくれる人の手に渡って心をかけられて初めて仏になるのでは。小地蔵さん念珠

宗琳さんの仏像は端麗、父朋琳さんは豪快でのびのび(だがどちらも素晴らしい作品)。そんな朋琳さんの器が感じられる本でした。内容的には寺社建築が好きな人にも面白いと思います。建築の話題の方が多いので。

形に囚われることなくこころを大切に彫りなさい、と言われたような気持ちになりました。

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