仏像制作を中心に作(創)ること、幸せに生きることを綴ります

離れた場所にいる大切な誰かを心配するときのアファメーション

2021/11/26
魂の表現

義母は関西で一人暮らしをしていました。夏に救急搬送されてそのまま入院→施設入所となり、今は施設と病院を行ったり来たりしています。

夫はコロナの影響で一度も現地へ行けないまま、施設入所等の手続きが終わりました。施設や病院が遠隔のまま手続きをしてくれるようになったのもコロナのおかげですが…。イメージ 夕闇

一人暮らしをしている時から義母のためのアファメーションを毎日唱えていました。このブログを読まれた方が、離れた場所にいる大切な誰かを心配する気持ちになった時、役に立つかもしれないので書いておきます。

義母さんが今日という日を安全に快適に過ごせることに心から感謝します。

一人暮らしの時はご近所さんや義母の妹さんが、今は施設や病院の職員さんが、義母のサポートをしてくれます。こちらで出来ることは直接はありません。「大丈夫かな」と心配しても何一つ役に立たないのが現実。

更には、心配のエネルギーは重たいです。心配された側はそれが乗っかるとひどく消耗します。心配性の母親を持つ人なら分かりますでしょう。自分を思ってくれるその気持ちはありがたくても、心配するエネルギーそのものが重くて辛くてそれを掛けられるのは負担です。

もっと言えば、あまりにしょうもないことまで心配されると「私がそんなこともできないと思ってるのか」とカチンと来たり、ガックリしたり。心配する=相手の力を信じていない、ですよ。

その奥にあるのは心配する側の恐れと不安です。問題は相手じゃなくて自分の中にある。相手を思う心があるのは更にその奥です。そして案外、自分がされたことを人にもしています。心配の根底にあるのが相手を大切に思う心の場合は特に、愛情表現の方法として。

このアファメーションはその「心配」を止めるためのもの。もちろん何か問題が起きれば対処するし、予防的措置は講じます。やることはやる。相手を思う心はそのまま。でも、それ以上何もできることがないのなら、「心配」するのは止めます。相手を疲弊させるだけだから。

そうは言っても心配しちゃうんだよね、という時こそ繰り返し唱えます。どんな言い方でも良いのだけど、ネガティブなキーワードが入っていると逆効果ですからご注意ください(「心配しません」ではなく「安心できます」を使うとか)。こんな風に考えられるようになりたい、と思う言葉を使うのがポイントです。

それによって、少なくとも他者へ余計な重荷を背負わせることがなくなります。私も過剰に心配しちゃう局面がありましたから、効果は実感しています。

アファメーションというのは、他者をどうにかするためのものではありません。自分の思考をデザインし、自分のものの見方を中立な、あるいは肯定的な状態へ持っていくための手法だと私は思っています。

それだけで見える世界が変わります。本当に。イメージ ビーチの日の出

遠隔地にいる親族だけでなく、外出するときに置いていくペットなどでも同じです。うちも今の嬢ちゃんを長時間ひとりで留守番させるのはさすがに心配な点があるのでしませんけど、短時間だったら「心配」せずに出ます。「1時間ほどお留守番頼むよ。よろしくね」とゆずにしっかり伝えて。眠っていたらその状態で静かに声をかけてそっと出ます。

留守番という業務をゆずにお願いして信頼して出掛ける認識です。私がそばにいなくて大丈夫かな、ではなく。

ルイーズさんは出掛けるときに家にも「留守番頼んだよ」と言って出ると言ってましたので、私もそれに倣い、「留守の間、ゆずの見守りよろしくね」と家にも声をかけて出掛けます。

心配性の方はどうぞお試しを。心配するのは愛情深い心があるからこそです。相手を思うからこそです。その愛情を純粋な愛のまま(余分なマイナスをくっ付けずに)伝えることができるようになりますよ。

関連記事

※記事中の紹介商品にAmazon、楽天市場への広告リンクを含みます

↑コメント(非公開)もこちらから可能