仏像制作を中心に作(創)ること、幸せに生きることを綴ります

言葉を変換して受け取る

2022/04/21
魂の表現

ゆずが死んだことを知って、私の寂しさを思い声をかけてくれた年配の方々の言葉。そのいくつかが「また飼えばいい」だったことは以前に書きました

で、私はその言葉をそのまま受け取ったわけではなく、その人の気持ちに即して変換して受け取りました。例えばこんな風に。

動物には興味ないけど私のことを思ってくれた人の場合は「動物がいない寂しさは新しい動物を飼うことで解消できるよ」。

これは至極シンプルで的を得た言葉です。私の寂しさの半分はゆずがいないこと、そしてもう半分は動物がいない(純粋なものに触れられない)ことから来ています。だったら半分でも解消できるわけで。

私を見上げるゆず

いつもここから私を見上げていた

これが、命の重みを誰よりも知っている動物好きな仏像彫刻仲間のNさんだと「新しい出会いを楽しみなさい」になります。

男性は、特に年配の人って、自分の気持ちを表す言葉を持っていないことが多々あります。その人たちにとってそれは外へ表す事ではないから。仏像彫刻仲間はまさにこの年代の男性ばかりで、ホントに不器用だなぁ…と、見ていてつくづく感じます。

そしてNさんの場合は一昨年、可愛がっていた大型犬を亡くし、今は若い中型犬を目に入れても痛くないほど大切にしています。更には、猟師の仕事も請け負っており、人間の社会を維持管理するために動物の命を奪うことの重みを、誰よりも背負っている人。動物が好きだからこそ、敬意を持ってその命を扱います。

その人が、ゆずの代わりがいるなんて思うわけはありません。だから正しく変換しました。

言葉の上っ面だけ見ていると人の言葉に振り回されますが、その真意を受け取るようにすれば思いやりを思いやりとして受け取れます。これはその人との信頼関係の上に成り立つのかもしれません。

逆に、聞こえの良い言葉や優し気な言葉を使っているけど実は攻撃している人もいます。そういうのは受け取らずによけて流します。その辺は私、感じ取ってしまうんですわ。良くも悪くも。だから自分の特性は良いように使うことを心掛けております。

ただし、誰に対してもこんな事をしているわけじゃありません。他者の感情に大きく影響を受ける私は、それをしていたら生きていることが大変になっちゃいます。親しい人、自分にとって大切な人だけ、その心の中身を理解して受け取ります。

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