仏像制作を中心に作(創)ること、幸せに生きることを綴ります

「~すれば良かった」 vs 「~しなければ良かった」

2022/04/27
魂の表現

20回を超えて動物を見送って思うのは、まあ大抵は後悔することがあるってことです。「~すれば良かった」という「しなかった」事に対する後悔や、「~しなければ良かった」という「した」事への後悔。もちろん後悔のない幸せな看取りもありますけど。

相手を大切に思えば思うほど、迷いも深くなりがち。そして、看取りの最中も全てが終わった後も後悔をしがちです。もっと良い選択があったのではないか、と。ピーチ ジャンガリアンハムスター

私に言えることは、どっちにしても後悔するんだから、やるやらないで迷って決められずにいるのなら、やることを選ぶ方がいいのではないかということ。※後悔する人前提の話なので、後悔しない人には要らない情報

例えば「この治療法をやる方がいいのだろうか、このコにとってそれが一番プラスとなるだろうか」という場面で、その治療法を選んだとしても、他の方法を選んだとしても、何もしないことを選んだとしても、後悔する人はどれを選んでも後で悔やむのです。

だったらね、やらずに後悔するよりはやって後悔した方がマシ。これは真理ですよ(笑)。

やってみて「間違えた」と思うことなら、次の機会には違う道を選んで行動します。たとえそのコには間に合わなくても次の誰かに、或いは人生のどこかで役立ちます。でも、やらずにする後悔は、やらなかったという「無いもの」に対する悔いなので中身がないのです。だから次は、やってみて後悔するところへ進むわけです。

だったら、やって後悔した方がまだマシだと私は思います。何を選べばいいか決められなくて結局何もしなかった、というのが一番心へのダメージが大きいですからご注意ください。

以上は、何かを選んでも後悔しない人には関係ない話です。後悔しない人は腹をくくった人。決断したら後ろを振り返らずに自分の決断に沿って進む人。人の言葉に惑わされず、あちこちきょろきょろしないで、まっすぐ前見て進む決意をした人。

そういう人は、どんな結果になってもそれを受け入れる覚悟ができているから、後悔しないんです。

私はといえば、今でも多少はあります。ゆずに対しても、もっと~すれば良かったかなと思う点はもちろんあります。が、そういう意識が浮かんだらすぐに、切り替えます。あの時の私にはあれが精いっぱいだったという事実を認め、私はあの瞬間も自分の精一杯を生きていたのだと自分を理解します。

また、やらないと決めたことに対する後悔は、今はありません。丸くなって眠るゆず

例えばゆずの場合、9歳の頃見つけた乳腺腫瘍に対する一切の行動を「しない」と決めました。検査すらも。良性悪性の確率は半々と言われても、一度死線が見えかけた繊細な気質のゆずに検査のための手術なぞしたくはありませんでした。

もしそれが悪性で見つけてすぐに拡大して命を終えたとしても、それはゆずの寿命だと覚悟していました。その後は、腫瘍があることすら忘れていました。体を拭く際に時々「そういえばあったっけ」と思い出すくらいで。

最後の1年ではそれが大きくなって数が増えて出血もしていましたが、「しない」と決めたことに悔いはありませんでした。最終的にどんな結果となってもそれを受け入れる覚悟はできていました。

それでも、ここまでくる長い道のりではたくさんの後悔をしてきました。血の涙を流すような思いをしたこともあります。それを振り返っての、やらずに後悔するよりはやって後悔した方がマシなわけです。飼い主が成長する余地が大きいから。

後悔しちゃう人はご参考に。腹をくくる話もどうぞ。

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