仏像制作を中心に作(創)ること、幸せに生きることを綴ります

彫るのは自分の顔という説

2022/07/04
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白衣観音を見てもらったら、私の顔に似てきたと先生に言われました。彫る人の顔になってくる。これ、先輩たちも同じこと言ってました。白衣観音合掌 衣紋彫り始め

確かに、そうなんです。仲間の仏像を見ると彫った本人に似ています。ベテラン先輩によれば、形を作るにあたり無意識のうちに見慣れた自分の顔を参照しているからではないか、と。

そうなのかもしれませんね。そしたら、毎日自分の顔より美しい像をずっと見ていたら、そのお顔が自然と現れてくるのかな。

そういえば、松久佛所の本に載っている美しい瑠璃観音を作った江場さんってすごく端麗なお顔立ちなんですよね。男性ですけど。美しい人が美しいものを彫る、って感じ。5月に名古屋の作品展へ行ったのでインスタを最後に載せておきます。

その一方で、宗雲先生や櫻井覺山さんの観音さまはすごく素敵だけど、ご本人のお顔立ちというよりその魂が形として表れているように感じます。超かっこいいイケメン如来を彫るお仲間(女性)もその気質が仏像に表現されていると仲間内で言われてます。

結局、自分の持っている何かが表現されるということでしょう。

さて、白衣観音は衣紋を彫っています。合掌している手が結構邪魔で彫りにくい、ということに今頃気付きました(笑)。胸の飾りをどうやって彫ろう。刀が入るかな?

6年前に作った白衣観音より今の方が上手くなっているはずなのに、手が思うように動かなくて、ちょっとショック。目が悪くなったら彫れないという先生や先輩の言葉も最近、身に染みて理解できるようになりました。細かい造作ができるのはあとどのくらいだろう。

人様に差し出せるレベルに作れるかな、欲しいと言ってくださった方にふさわしい麗しいお姿になるといいな、そんなことを祈りながら彫っています。

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