仏像制作を中心に作(創)ること、幸せに生きることを綴ります

気を付けないと空っぽのまま

2022/09/20
仏像彫刻周辺の話

これは小地蔵さん・こまりちゃんではなく、本格的な仏像彫刻の話です。

今回、白衣観音を彫り始めて気付きました。私の中にすっぽり抜け落ちている工程がかなりあるということを。

今までは、「分からなきゃ先生に聞けばいい」と思って受け身でやっていました。それが、図面も自分で考えてデザインして自分で彫る、ということをやってみたら、何をどうして良いか全く分からない工程がいくつもあったことに、衝撃を受けました。

白衣観音合掌 小造り

小造り最中

私、これでも仏像彫刻歴11年です。11年もやっていればほぼ自力で彫れるはずなのに、そして周囲のお仲間はそうなっているのに。本格的な仏像だってもう5体目です。なのに。

身に着いている工程もあるんですよ。例えば顔の作り方は何度も自主トレして、覚えています。同じパターンの形状(例えばひざから下の足周り)も回数をこなしているだけに、自分でできます。

意識的に反復したことは覚えているんです。が、先生に教えてもらってその場をしのいだことは全く身に着いていませんでした。

横軸優位なエンパスの私は先生の伝えたい内容がイメージで受け取れるため、教えてもらえばその形を再現できるんです。先生の表現が素晴らしいのでそれをそのまま表した形も誉めてもらえるレベルになります(形を作る技術はそれなりに身に着いています)。その場しのぎが結構いい形を作ってしまいます。

だけど、自分の中は空っぽなんです。言い換えれば、空っぽだから人から受け取ったものをそのまま出せるわけで。

ふと、山岸涼子さんの「アラベスク」というバレエ漫画を思い出しました。人の踊りを完璧にコピーして踊れる天才が出てくるんですよ。素晴らしい技術を持っている。だけど彼女は、自分の踊りが無いんです。他者を取り入れて他者を表現していただけ。

自分の中に「こんな表現をしたい」というビジョンが存在してその上に初めて、活用できる技術が積み上がります。ビジョンなしではいくら技術を蓄積してもいざというとき役に立ちません。

何十年やっても気付いたら自分の中は空っぽだった(いつも他者の表現をしていた)なんてことにならないよう、これからは意図した上で自分の中にノウハウを蓄積していきます。

だけどね、イメージを直接受け取れるのは大きなメリットだと思うのです。エンパスのデメリットばかり追求せず、良い方に意識を向けて使いましょう。

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