仏像制作を中心に作(創)ること、幸せに生きることを綴ります

神も仏も伝えたいことは同じ

2022/12/15
雑記

過日泊ったホテルに珍しい物が置いてありました。仏教の経典です。今まで、聖書が置いてあるホテルはありましたが(最近は減りましたね)、仏教のは初めてです。パラパラと読んでみました。和英仏教聖典

キリスト教の教えはよく知りませんが、ACIM(A Course in Miracles)を学んでいる方からキリスト視点のものの見方は聞いております。また、ティク・ナット・ハンの書籍でブッダの伝えたかったことも読みました

イエスもブッダも同じことを伝えているんだなと思いました。宗教宗派が変わると教えが変わったりしますけど、どの宗教であっても始祖が伝えたのは全く同じこと、すなわち真理だと私は思います。それを後世の組織が、部分的に自分たちに都合よくねじってしまったのは残念です。

2ページだけ抜き出してみました。

この心が濁ると、その道は平らでなくなり、そのために倒れなければならない。また、心が清らかであるならば、その道は平らになり、安らかになる。

身と心との清らかさを楽しむものは、悪魔の網を破って仏の大地を歩むものである。心の静かな人は安らかさを得て、ますます努めて夜も昼も心を修めるであろう。

第3節 真実のすがた

1.この世のすべてのものは、みな縁によって現われたものであるから、もともとちがいはない。ちがいを見るのは、人びとの偏見である。

大空に東西の区別がないのに、人びとは東西の区別をつけ、東だ西だと執着(しゅうじゃく)する。

数はもともと、一から無限の数まで、それぞれ完全な数であって、量には多少の区別はないのであるけれども、人びとは欲の心からはからって、多少の区別をつける。

もともと生もなけれぱ滅もないのに生死の区別を見、また、人間の行為それ自体には善もなけれぱ悪もないのに、善悪の対立を見るのが、人びとの偏見である。

仏はこの偏見を離れて、世の中は空に浮かぶ雲のような、また幻のようなもので、捨てるも取るもみなむなしいことであると見、心のはからいを離れている。

2.人ははからいから、すべてのものに執着する。富に執着し、財に執着し、名に執着し、命に執着する。

有無、善悪、正邪、すべてのものにとらわれて迷いを重ね苦しみと悩みとを招く。

ここに、ひとりの人がいて、長い旅を続け、とあるところで大きな河を見て、こう思った。この河のこちらの岸は危いが、向こう岸は安らかに見える。そこで筏を作り…

出典:仏教聖典(仏教伝道協会)

これを出版している仏教伝道協会は、「特定の宗派にとらわれず、仏教がもつ叡知を一人でも多くの世界の人びとに伝えるための諸活動・諸事業を展開していく」という理念の下に活動されているそうです。Amazonにも出てるんですね。良著だと思います。

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