仏像制作を中心に作(創)ること、幸せに生きることを綴ります

仏像を彫る資格?

2023/10/13
仏像彫刻周辺の話

たまに聞く言葉です。仏像彫刻はやってみたいけど自分は仏さまを創るのに適格でない人間だから、やってはいけない。だからやらない。

違うんだよねー。そんな人格者だったらもう仏像彫る必要はないんですよ。清浄なものに触れ続ける必要はないんですよ。清らかな人ペンギン 萌えは。

私たちは、仏像を彫りながら自分を清めています。彫ることで心の掃除をしているのです。生きていれば、ドロドロしたものが発生することもあるし、やり切れない思いを抱える日もあります。だけど仏さまを彫ることでそれが消えます。少なくとも彫っている間は。

そうやって、リフレッシュした後に事態を落ち着いて眺め、状況を把握して対処を講じます。対処のしようがない場合でも、彫っている間だけは救われます。

神仏は穢(けが)れない。それは信じていいと思います。私のネガティブを散々吸収してくれた仏さまたちは、清らかなままです。私たちから流れ出たネガティブの塊は、彫っている仏さまを通して大地へ宇宙へ還元され、清められ、美しいものになって還ってきます。勢至菩薩 顔

ただ、本体は穢れないけど周囲の「物」はそのネガティブを帯びたままかもしれません。だから、不特定多数が参拝する寺社では毎日丁寧に掃除をして、お経や祝詞で空間全体を清めているのでしょう。自分ひとりとか家族内だったら気にする必要ないと思います。

話戻して、仏像を彫る資格というものはありません。むしろ、ネガティブであればあるほど、彫るべきです(やってみたいと思っているなら)。仏さまって、人を救うために創られた存在なのだから、そうやって頼られたらそりゃ本望でしょう。

毎日お寺へ行くのは無理でも、彫っている仏像に毎日少しだけ触れる(彫らない日でも)ことはできます。それだけで自分の中がきれいになります。私が小地蔵さんを創ったのはそういうツールとしての提供でした。

あとね、仏教を信仰してないから彫るのは失礼、みたいに言う人もいるんですけど、それも違います。

私は組織としての宗教を信仰していませんけど、聖なるもの(宗教に関係なく)に対する畏敬の念は強くあります。また、信仰を持つ人の一心な姿は素敵で、敬意を持っています。大切にするものはそれぞれあっていいじゃないですか。

こういうのって、やりたいことを自分に与えないための言い訳ではないですか?「やらない理由」を「創る」のは止めましょうよ。創るならもっと違うものを。

上手い下手も関係ありません。どれだけ心を集中して彫ったか、それだけです。趣味の仏像彫刻は、自分を救うためのツールです。

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