仏像制作を中心に作(創)ること、幸せに生きることを綴ります

ゼロ地点

2023/11/24
魂の表現

自分を赦す段階で、私は向上心を手放しました。

なぜならば、それは「今の自分は〇じゃないからもっと良くならなければ」という自己否定に基づく偽の向上心だったから。根底に否定があったら、そのままではどこまで積み上げても否定です。それが私にはしんどかった。

その一方で、向上心を手放すことにはかなりの抵抗がありました。心の中に静けさが満ち、不要な感情を手放しても尚、これでいいのだろうかと迷っていました。そこには、向上心の無い自分は本気でマズイんじゃないかという不安が見えました。そして実際に抵抗を止めるまで1年かかりました。

が、だからこそ逆に確信を持って言えます。それは不足の概念からくる自己否定であると。

その最中は確信がなかったから、自分の中に広がる平安を信じて「大丈夫、このままでいい」と自分に何度も語りかけていました。「何もしたくないなら、何もしなくても生かされていることに感謝して、今の状態を目一杯満喫してみては」と提言をもらったことも非常に助かりました。イメージ 雪の舞

向上心の無い日々は、気持ちが楽です。だって、その根底にあった「もっと良くならないと今のままじゃダメ」という自己否定の責めを受けなくて済むんだから。おすすめします。ニセ向上心の無い生活。

人の役に立ちたいという思いも、向上心と共に消えました。私の場合はそれもまた、「人に貢献できない自分は価値がない」という自己否定が潜んでいたから。おまけにその思いって承認欲求も含んでいたりします。実は危険で厄介な意識。

こうなりたいとか、こんなことしたいという思いも消えました。欲求は無くなってしまいました。特に何もしたくない。このままでいい。何も要らない。といってもちゃんと暮らして仕事してましたよ。むしろ丁寧に。現実をおざなりにするのではなくてね。

それは無気力なネガティブ意識ではなく、満たされて、足りないものは何も無いと感じる、「もっと~」な意識が消えた状態です。

これらを手放そうと何かワークをしたわけではありません。自分と向き合い、意識を向ける方向を意図して、感情の掃除をして、メンテナンスに集中した結果、気付いたら消えていた次第。雪 イメージ

自分の中が波ひとつなく静かに凪いだ時、そこには何もありませんでした。ポジティブさえも。永遠に静寂が広がる白い世界でした。そんな自分にとまどったりもしましたが、今にしてみればそれは至極自然な事だったと思います。

これがゼロ地点。恐れや不安に怯えながら生きている状態はマイナス地点です。それらが消えて初めて、ゼロ、出発点になります。この世に生まれ出た瞬間の状態でしょう。己の全てを赦せなくても、まだらに赦している状態でも、果てしない心の平安は得られます。

そしてゼロを堪能し、そこからまた歩き出した時に初めて、ポジティブな動機からの向上心なり目的なりが湧いてきます。だから、安心してネガティブを動機とした偽のポジティブは手放して大丈夫だと書いておきます。

尚、ネガティブ基盤の偽ポジティブは間違っているとか手放すべきだとか、そんな話ではないので念のため。それを持ってしても押しつぶされることなく活力にできる人もいるでしょうし、社会を大きく動かすのはそういう人かもしれません。ただ、私みたいに持ったままでは無理な人は手放せば楽ですよ、って話です。

くれぐれも正誤の意識に入っていくネタにしないでくださいね。

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